恋愛をしてみたい、だけど好きな人が出来ない!その理由と解決方法を解説します

恋愛をしてみたい、だけど好きな人が出来ない!その理由と解決方法を解説します

「恋をすること」は、私たち人間に生まれつき備わっている当たり前の感情である、と一般的には思うかもしれません。子孫を残すためだけに誰かと添い遂げるのではなく、心身ともに誰かに委ねる心地よさを感じたい、と思うのは自然のことです。

でも、もしその相手がいなかったら?

落ち込むと、「この世には私の恋人になる人はいないのかも…」とすら考え出すかもしれません。ひとまず、冷静に自分の心理や環境について考えてみましょう。

まずは、そもそも誰も恋愛対象として好きになれないのか、今置かれている環境の人間関係の中に好きな人がいないだけなのか、はっきりさせるためによく考察してみましょう。自分の「セクシュアリティ」についても考えてみたいですね。

また、親からのプレッシャーや結婚適齢期を過ぎていると、恋愛の相手よりもとにかく「結婚」という目標に対して焦るようになります。しかし、その結婚する相手が誰か、ということを重視しなければ、結婚生活にもいずれ暗雲が立ち込めることになりそうです。基本的に、結婚すると同じ屋根の下で暮らすことになりますから、理想をある程度曲げるとしても顔、性格問わず誰でもいいというわけにはいきません。

とにかく、「恋愛をしたいけど好きな人ができない」というテーマについて追求するべきことは「自分のこと」そして「自分の環境」についてです。順を追って、ここで考えていきましょう。

好きな人ができない原因とは?

花占いの花

まずは、自分に「好きな人ができない理由」について。

思春期から大人になるにつれ、多くの人は異性を恋愛対象として意識し始めます。そのなかで自分の中にそういった感情が遅れていると、友達が誰かと付き合い始めたり、恋愛の話が出るたびに、不安になることもあるのではないでしょうか。「好きな人ができないのは病気なのでは?」と悩む人もいます。

恋愛対象というのは、人によっては異性ではない時もあれば、「誰に対しても恋愛感情を持たない」という人もいます。そのように、自分の性的指向が多数派と違う場合、他人から心無い事を言われるのではないかと恐怖したり、LGBTQに対して理解のない人からは差別を受けるのではないかと思うかもしれません。

しかし、セクシュアリティの少数派に対する理解は、都会に行くほど得られる場合もありますし、インターネット上では多くの人がカミングアウトしていたり、同じ考えを持つ人のコミュニティもあります。性的嗜好が他人と異なっていたり、異性に対して嫌悪感を抱く人も、病気ではなく正常な人間だと認めてくれる人が周りにいないといけません。

また、過去の恋愛経験で傷ついたり疲れている時など、恋愛よりも自分の心と体を休養させなければいけない時もあります。恋愛は無理をしてするものではなく、本来は自然発生的に起こる感情なので、好きな人がいない時はいないときで、別のことに目を向けたり、楽しんだりしてもいいのです。

自分の中でどんな理由があって好きな人ができないのか、自分自身のことを深く知るためにも、解決策について今一度考えてみましょう。

これって病気なの?

友達や同級生など周りの人が恋愛に目覚めていくなか、自分には他の人のように誰かを好きになる気持ちが全くわからない、という時。自分は周りと違うのではないか、と思った時、「もしかしてなにかの病気なんじゃないか」と思い悩む人もいるでしょう。

そこでまず覚えておいて欲しいことですが、人を好きにならないことは病気ではありません。時には、友達としても周りの人のことを好きになれないことだってあると思います。自分が置かれている環境のせいもあるでしょう。若い時は、「みんないなくなればいい」と思うほど人間関係が嫌になることもありますが、その中でも「誰かを好きになりたい」という感情さえあれば異常などではありません。

そしてそれが、たとえ恋愛感情でなくても良いのです。

自分の心の方向性は、経験を積んで悩みぬけば大人になるにつれわかっていくものです。もしかすると、自分が「LGBTQ」という、セクシャリティの少数派である可能性もあります。

「アセクシャル」は病気じゃない!

もし、どんな小説や漫画、テレビドラマなどの恋愛のストーリーを見ていても、恋愛をしている登場人物を見ていて共感できなかったり、ときめきの気持ちが全く湧かないという場合。また、そもそも「恋愛」という概念が理解できないとき、むしろ嫌悪感すら抱く時は、「アセクシャル」というセクシュアリティを持っているかもしれません。

この「アセクシャル」というのは、他者に対して恋愛感情も性的欲求も抱かない、という人の性的指向を指します。「無性愛者」「Aセクシャル」「エーセクシャル」または、略して「Aセク」と表記することもあります。他人に対して恋愛感情は持っても、性的欲求は抱かないという「ノンセクシャル」とは区別され、また精神障害とされている「性嫌悪」とも区別されます。

「アセクシャル」は、全体の人口の1%ほど存在するといいます。100人に1人ほどの少数派ですが、もし自分がそうだとしても、自分1人だけが異常というわけでは決してありません。アセクシャルの人は、「他人に理解されない」という苦労が付きまとうそうですが、ネット上で探していると、同じセクシャリティの人がそれなりにいることが分かると思います。

どの国でも、特に田舎の地域やその環境によって、アセクシャルを含めたLGBTQ(セクシャルマイノリティー)は特に理解されなかったり、差別される傾向にあります。そういう時には、自分のことを理解してくれる人がいるコミュニティを見つける、ということも大事なこと。

学校のようにしばらく在籍しなければいけない場所などは、自分が望んでも居場所をなかなか変えられない、という状況に置かれることもありえます。しかし、自分が人と考え方が少し違うというだけで、他人を故意に傷つけているわけでもなしに異端者扱いされるのははっきり「おかしい」と言って良いのです。

ただ、自分がどんな傾向を持っているか、ということは常に見つめ直しましょう。アセクシャルと思っていたらノンセクシャルだった、もしくは別のセクシュアリティだった、好きな人ができた、という可能性もゼロではないのです。セクシャルマイノリティーの区分けは時に複雑で誤解を招くこともあるので、慎重に自己分析して下さい。

鬱病の時は体も心も休めて

ストレスなどで疲弊している時には、そもそも「恋愛をしよう」という気持ちにもなれません。少しでも鬱の傾向がある時には、環境を変えたりセラピーを受けるなど、心を回復することに努めるべき時には、恋愛は少し手に余るでしょう。

うつの傾向があっても、かなり軽度な場合には、しばらく気分転換をすることで一時的に回復するので、恋愛をしてみてもいいかな、と思うこともあるかもしれません。しかし、相手に依存したり、判断を誤りやすい精神状態であることもありますから、まずは、仕事を変えたり休暇を取るなど、自分の置かれている環境を変えたり休養することが先決です。

鬱病を患っているかもしれない時は、好きな人ができなくても何もおかしくありません。人に向かう気持ちさえ消沈してしまう精神疾患です。または、成人以降、アセクシュアルではないとわかっていても恋愛を始めようという気持ちが起こらない場合は、逆にそこから鬱気味であるかもしれない、と考えてもいいかもしれません。

よって、自分の性的指向や考え方などの本来の傾向と、「今」の精神状態を照らし合わせて、自分の心について冷静に判断しましょう。心療内科の手を借りることも忘れずに。鬱は治る病気とされていますから、まずは1人だけで解決しようとせず、身の回りの人や医療機関を頼りましょう。

異性に対して嫌悪がある場合

生まれつき、異性に対して嫌悪感を抱いてしまうというケースはかなり稀なことと思われますが、トラウマや嫌な思い出があるなどで「性嫌悪」という状態におちいることは、珍しいことではありません。

アセクシャルやノンセクシャル人のなかでは、性的な物事に嫌悪を抱く人は少なくありませんが、性嫌悪のないアセクシャルやノンセクシャルの人もいます。性嫌悪とは、どんな性別の人もどんなセクシュアリティの人もなる可能性のあるものです。そして、性嫌悪は精神障害の一つとされています。

たとえば、結婚した夫婦のどちらかが何らかの理由で性嫌悪になった場合、性的接触を一切拒絶するなどから夫婦の危機となってしまうことも。出産後の女性が夫とのセックスを拒否するというケースは珍しくないですが、それから性嫌悪になってしまった、ということもあるようです。

そして、性嫌悪症は本人が希望すればセラピーを受けるなどで治療をすることが可能です。また、異性が嫌いだからといって、誰に対しても恋愛感情を抱けないという答えには繋がらないものです。

恋する相手は異性だけじゃなくてもいい

2人の女性

先進国の中でも、日本では「同性愛者」を初めとして、LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、ジェンダークイア/少数派の性的指向)という傾向に関しての認知度、理解度共に低いといわれる国です。

メディアや社会全体としてあらゆる「マイノリティ」に厳しい側面があることも影響しているかもしれません。しかし、欧米をはじめとした先進国家では、そのLGBTQの認知度や理解度も年々高くなってきています。

そのLGBTQ(LGBTQ+、LGBTQIAなど表記は多数あり)の実態とは、性自認(自分がどんな性を持っているか)と性的指向(どんな性を好きになるか)によって当てはめられます。

レズビアン
性自認が女性で、性的指向は女性に向く
ゲイ
性自認が男性で、性的嗜好は男性に向く
バイセクシャル
性自認が男性でも女性でも、男女両方に性的指向が向く
トランスジェンダー
(広義で)性自認が生まれつきの体と違うこと
ジェンダークイア
上記のカテゴリーに当てはまらない多様な性自認、性的指向。セクシャルマイノリティーの総称

この中でも、ジェンダークイア(その他のセクシャルマイノリティー)にはあらゆる性的少数者が当てはまり、アセクシャルもこの中のひとつとされます。アセクシャルの中のカテゴリーを掘り下げると、

インターセックス
生まれつき男女両方の身体的特徴を持つ人
Xジェンダー
性自認や男性、女性、無性、不特定の中で常に揺れ動いていると自覚している人
クエスチョニング
性自認や性的指向を意図的に決めていない人

などがあり、これらだけではなく様々な傾向がカテゴライズされています。

性自認や性的指向というのは、世間全体の刷り込みによって幼い頃から「男に生まれたら女を、女に生まれたら男を好きになるもの」という意識があります。しかし、深く考えてみるとそうではなかった、というパターンは思いのほか多いものです。

むしろ、ストレート(性自認が体の通りの異性愛者)でもその内◯%は同性愛の傾向がある、というグレーゾーンの人がほとんどなのではないかと思います。

世間体では、「同性愛はタブーで、異常なこと」という意識がありますが、だんだんそのような考えは旧時代的なものとなってきています。もはや、恋をする相手、愛するようになる相手というのは「異性」というカテゴライズではなく、「目の前にいる一個人」として見なせるようになれば、自分の考え方や哲学もより深い世界になりそうです。

よって、自分が誰を好きになるかというのは、「その人」が目の前にやって来なければわからないのです。それが異性なのか同性なのか、はたまたどちらでもないのかも、本来はわからないものです。ただ、自分の性自認が不明な時は特に、「目の前の人がどんな風に好きか」ということをただ考えれば良いのだと思います。

出会いが全くないとき

恋がしたいけど好きな人ができない、という状況で、その原因が自分自身の心のためではなく、今の環境に全く恋愛対象との出会いがないというときには、解決はとても簡単かもしれません。

ただ自分の行動範囲を広げるだけも解決に向かうものです。成功率というもの気にせず、合コンや街コンに参加してもいいでしょう。

また、たとえ毎日忙しく、家と職場または学校との往復の毎日だとしても、現代にはパソコンやスマホという、人とつながるためのツールが十分に身の回りにあるのです。

ネットを駆使して世界中と繋がれる

情報化社会である今や、あまり良い印象を抱かれていなかった「出会い系サイト」も、「マッチングアプリ」という形に変わって、安心、安全な設計で台頭しています。

そのような、人と人をつなぐアプリは、恋愛にかかわらず、就職やビジネスの上でも展開されています。また、恋愛のマッチングアプリだけをとっても、国内の自宅の近所で恋人探しをするもの、国際的に世界中の人の中から恋人探しができるものなど多岐に渡り、本気の恋愛から遊びの関係、セクシャルマイノリティー向きのものまで、かなり多様。

もし、自分の周りの環境で全くもって出会いというものに期待できなければ、マッチングアプリを使うというのはかなり妥当な方法です。ネット経由では直接対面することができないので、あらゆるタイプのマッチングアプリで詐欺などの被害があるものの、恋愛のマッチングアプリにも本気で恋人を探している人はたくさん登録しています。

また、恋愛についてだけではなく、周りの友達にも相談しにくいことを話せる相手が欲しいという時にもネット上で友達を探すこともできます。現代のツールをうまく使い、自分の生活を潤しましょう。

過去の恋愛でトラウマができてしまったら

元恋人に浮気をされた、捨てられた、裏切られた、など、恋愛は時には心に深く傷をつけることがあります。しばらく仕事を休まなければ立ち直れなかったり、心を病んでしまうことさえあり得ることです。

そのような過去の恋のトラウマがあると、次に恋愛をすることが怖くなってしまうこともあると思います。また同じことを繰り返されるんじゃないか、また傷つくんじゃないか、という恐れの気持ちは、たとえ新しく恋人ができたとしても、ひどい仕打ちをされた元恋人と重ねてしまったり、かなり尾を引くこともあるでしょう。

そんな時、まだ心の傷が癒えていないときは、普通には恋愛はするべきじゃありません。相手のことを思い出すことがなくなるまで、仕事に打ち込んだり、旅行に行ってリフレッシュしたり、新しく何かを勉強してみるなどで、恋愛から一旦離れるといいでしょう。

ただ、「恋愛の傷は恋愛で癒す」という手段も。誰かに大切にされなかったという傷は、誰かに大切にされることで癒されるということもあります。恋愛は自分自身の世界が充実して初めて良い恋ができるものですが、誰かのことを好きになって、自分のことも好きだと言われることが日々の生活のモチベーションに繋がる部分もあるのです。

ひどい失恋の後は、「もう自分には恋愛そのものができないんじゃないか」と思うほどに消耗してしまいますが、時間とともに回復する痛みかもしれません。ただ今の自分の心の声に従うのみです。

恋愛を休養して自分の人生を楽しもう

人生に大切なことは、恋愛だけではありませんよね。仕事や趣味や、何か他の目標など、打ち込むべきものは他にもたくさんあるはずです。

時には恋愛を休むべき時もあります。恋愛に疲れてしまった時、好きな人ができない時、無理をして恋人探しをするよりも、恋愛以外で毎日を楽しくする方法について考えてみましょう。仕事の昇進を目指して頑張ったり、旅行や何か大きな買い物のためにお金を貯めたり、はたまた友達と遊んだり、習い事を始めたり。

中でも、なかでも何か新しいことを始めるのはおすすめです。楽器を習ったり、なにかを勉強したり、普段聞かないジャンルの音楽を聞いてみるのもいいでしょう。

世間では、初対面で「恋人はいるの?」「結婚はしないの?」といったプライベートなことを聞いてくる人もいますが、今やそういった質問はセクハラに分類されるものになりました。「男は仕事、女は子供を産んで家庭を守る」という戦前のステレオタイプな人生を歩む必要は無いのです。

人の数だけ生き方があります。自分も、自分なりに納得できる将来に向けて努力していけたらいいですね。

好きな人ができない焦りをどうするべきか

結婚指輪

「好きな人ができない」ということは、恋愛体質の人によっては毎日を退屈にさせたり、やる気をなくす状況かもしれません。また、いわゆる「結婚適齢期」になって、周りが結婚ラッシュになっていくと、劣等感や「自分1人取り残されるんじゃないか」という不安から焦って婚活をする人も少なくありません。

晩婚化が進んでいるとはいえ、アラフォーになってもまだ結婚はおろか恋人もいないとなると、自分よりも家族や親戚が黙っていないでしょう。職場の人にお節介を焼かれることもあります。

学生の時には、同級生や友達の目を気にして恋人を作りたくなることもあるでしょう。しかし、勉強や将来のことについて自分に詰め込んでいくべき時期に、「しよう」と思って無理に恋愛をしなくても良いのではないかな、と思います。学生時代の恋愛とは映画や漫画などで人気のテーマですが、縁がない時はないので、まず自分がやりたいことを見つけることが先です。

しかし、時には恋愛をしなかったり、好きな人がいないと、友達に合コンを勧められたり、背中を押されることもありますが、恋愛は「しなければいけないこと」なのか、今一度考えてみたいところですね。

とにかく、毎日対人関係でストレスがたまったり、家族に恋愛や結婚のことで責められるなど、自分にとって居心地悪い環境にいるなと思ったら、早めにその場を抜け出すことです。家業を存続させなければいけないなど、よほどのことがない限りは、逃げ出すという選択肢はいつでも用意されています。

好きな人ができない、恋人がいないということの焦りをどのように解決させるか、具体的に考えてみましょう。

結婚したいけど好きな人がいないとき

「結婚」は人生の節目となる一大イベントです。自分自身が家庭をもって家族を作るということは、たとえ恋人と同棲から結婚に至ったとしても、意識も生活のシステムも変わっていくもの。

そうして腰を落ち着けて仕事に打ち込みたい、家庭に入って専業主婦/主夫になりたい、など、結婚を人生の中でも大きな目標にしている人にとっては、「好きな人がいない」という事態は一大事ではないでしょうか。

「お見合い」ということになれば、高望みをしなければ結婚までは秒読みになるかもしれませんが、お互いの家庭や容姿や収入などのあらゆる「条件」を擦り合わせて決めることになるので、一般的にはかなり合理的なもの。恋愛結婚とはやはり異なると思います。

結婚はどんな形でも、結果的にはその「ご両人」のものです。気の合う相手ではなければ、結婚生活も緊張の続くものとなってしまいそう。

ほとんどの人が、もしも結婚するなら恋愛結婚がいいと考えることだと思います。そのために、「結婚するために好きな人を探す」というタスクは難しいのです。ちょっと探して見つかるものなら、誰も苦労はしませんよね。

マッチングアプリでもそうですが、「恋活」「婚活」となると、そういった場では初対面の人同士でも相手を「恋愛対象かどうか」と意識して見ます。人によっては恋愛モードと通常モードで態度の異なる場合もありますし、純粋に人となりを観察できる場ではないのです。

もしも好きな人がいない、という時は、できることなら焦っているとしても自然な出会いを探しに行きましょう。結婚の手続きに比べ、離婚の手続きは地獄のようだといいます。「人生の中で一度は結婚したかったから」という試すような気持ちで結婚しようとするのはやめたほうがいいでしょう。

または、自分が誰かを好きになることこそが大事だとしても、自分のことを純粋に好きだと言ってくれた人のことはないがしろにせず、大切にするべき、とも思えるものです。

アラフォーでも大丈夫?

「仕事に集中して恋愛をないがしろにしていたらいつのまにアラフォーになってしまった」というパターンがあると思います。

日本だと、比較的男性はアラフォー、未婚という立場では周りにとやかく言われることもないですが、肩身がせまいのは女性のほう。まだまだ世間は適齢期を過ぎた未婚の女子に厳しく、家族をはじめ、友達や知り合い、職場でも私生活について心ないことを言われる場面もあるでしょう。

彼氏がいたり、「私は結婚しません」と声高らかに宣言しているならまだしも、結婚願望があっても好きな人がいないとなると、人間関係でストレスを抱える人も多いのではないかと思われます。

お見合いでもいいから結婚をしたい、と思った人は、もうとっくに結婚しているでしょう。自分が心から納得した相手でなければ結婚したくない、と思ったからこそ好きな人を探しているわけですよね。

そこで、ただ相手が不特定でも結婚をすることと、納得がいく恋愛結婚がしたいという自分の気持ちを天秤にかけてみましょう。恋人を作る大変さよりも、未婚でいる今の状況のほうが辛ければ、お見合いや婚活に力を入れてもいいかもしれません。もしくは、誰も自分の結婚について文句を言わない環境へ行くことも考えてみたらいかがでしょうか。

学生の時から焦らなくてもいい

ドラマや映画の世界では、学生恋愛は定番のストーリーです。高校生のピュアな恋愛、大学生のリアルな恋愛事情など、憧れの展開に「自分もあんな恋愛をしてみたいな」と感じさせられますよね。

制服デートや、先輩との恋など、憧れるシチュエーションは盛りだくさん。しかし、恋愛に頑張り過ぎていると「高校の時にやっておけばよかった」というものを逃してしまうこともあります。

例えば、好きな人を作ることやモテるために頑張るよりも、勉強を頑張っていれば、国公立大に入学したり奨学金を貰って学費を抑えて、良い仕事につけるような専門的な勉強に打ち込むことも出来ます。

恋愛と勉強、またスポーツまで両立できる器用なタイプの人もいますが、そうではない場合、今好きな人が特にいなければ無理して探そうとするのではなく、自分の目標に向けて努力したり、または自分のやりたいことを見つけることを優先したほうが、将来的には良い結果に繋がるかもしれません。

学生の恋愛から結婚まで続くようなパートナーが見つかることは、非常に稀です。若いうちから恋愛に焦って何か他の機を逃すより、友達と遊んだり、興味のあることに集中していて良いのです。

恋愛ってしなきゃだめ?

世間の目を見ていると、「恋愛はしていて当然」といった風潮があります。ここのサイトもそうですが、「モテファッション」や「恋愛の攻略法」などのコンテンツはいつでもアクセス数の減らないものです。

これは、アセクシャルの人や、なかなか好きになれる人が見つからない人などにとっては肩身の狭い世界だと思います。「自分は恋愛をしない、したことがない」と言った時には、「変わった人だね」と言われること請け合いなのではないでしょうか。

しかし、セクシャルマイノリティーについて全く知らない人や、かなりの恋愛体質で恋愛こそが人生の中心にあるタイプの人などにとっては、まさに「恋愛はしていて当たり前」というスタンダートで生きているので、好きな人が出来ない人とは住んでいる世界のベクトルが違うのだといえます。

恋愛は個人の自由なので、一生恋をしないまま人生を終えたとしてもなにも間違ってはいません。辛いのは自分自身からくるものではなく、ただただ他人の意見や目線なのではないでしょうか。

産めよ増やせよの旧時代ではないのです。「恋愛はしなくてもいい」と、自分を安心させてください。

環境に息が詰まったら都会に行こう

都会に佇む男性

産めよ増やせよの旧時代的な体制がいまでも続いている地域や家庭に生まれると、「いつ結婚するのか、孫はまだか」としつこく言われる典型的なパターンに見舞われることがあるといいます。

また、「アラフォーなのに結婚まだなんですか?」「なんで彼氏/彼女いないの?」など、自分にとって辛いことを言われる環境に居続けるのは結構な苦行だと思います。こういうことは、田舎であるほどよくあることだと聞きます。

そういう環境から逃げ出したいとき、一体どこへ逃げればいいのかと心も体も路頭に迷うことかと思いますが、ひとまずは都会に出ることをおすすめします。

なぜかというと、単純に人口の多い場所では、他人のプライベートに構っている暇がないからです。人も物も流動が激しいので、1人のことをあんまり気にかけすぎるようなことはありません。それに、人口の総数が多いほど、自分の考えや状況に共感してくれる人がいる可能性も増えます。単純に、都会で活動するほど理解者が増えると思っても良いかもしれません。

また、人が多い場所に行けば、自然に出会いも増えるものですから、都会なら自分から行動しさえすれば出会いのない環境からもすぐに抜け出せます。

もし、東京でも肩身が狭ければ、海外の都会を目指すという手もあります。語学力や経済力など、身につけるべきもののハードルは高いですが、旅をしながら自分にとって居心地の良い場所を見つけるということもできるでしょう。

周りに理解者がいない時は

もしも自分がアセクシャルであったり、他のセクシャルマイノリティーである場合、それを理解する人が周りに誰も居ないというのは、辛いことです。たとえセクシャルマイノリティーとして一般に知られているゲイやレズビアンに対しても、世間の風当たりの強い場合があり、ストレートの人の理解度は総合しても低めです。

特にジェンダークイアに分類されるアセクシャルやその他のマイノリティーは、たとえ「自分はこういう思考だから恋愛はしないんだよ」などと説明しても理解してもらえないこともあるでしょう。誤解を招いたり、自分に片思いをする人の恨みを買うこともあるかもしれません。若い人は比較的思考が柔軟で現代的な考えを持っていればすぐ受け入れてくれるかもしれませんが、年配の方の理解を得るほうが難しそうです。

それでも、人の理解を得られないからといって人との関わりを絶ってしまうのは悲しいこと。その方が楽だとしても、社会性に難が出てくるので、働きづらくなったり転職するにも仕事を見つけにくくなったりなど、生活に支障をきたすようになりそう。

難しい事情を抱えている場合、自分の理解者が周りにいることは大切です。職場や友達にカミングアウトするのは緊張しますし、不安もあるとは思いますが、ゆっくりと自分のことを知っていってもらいましょう。

また、ストレートの人の中にも「Ally(アライ)」という、自分自身はストレートでもLGBTQの活動を支援するという立場があります。カミングアウトの仕方や、自分がアセクシャルであるかどうかわからないときには、相談してみるといいでしょう。

参考:アライ[ALLY] | 一般社団法人 日本LGBT協会

自分にとって居心地のいい人との接し方を探す

恋愛をしてみたいけど好きな人ができない、もしくは好きな人がいないし必要ない、という人にとって、タイプの人が居ない場所や恋愛脳の友達の輪は窮屈に感じることもあるでしょう。または、漠然として言葉にするのが難しくても、なんとなく友達といても居心地が悪いという時には、孤独感を覚えることもあるでしょう。

自分にとって、信頼できる友達がいる心地のいいコミュニティに身を置くことは、毎日の気持ちにも関わる大切なこと。

ただ、時には友達と分かり合えないことも出てきます。それは誰にでもあることですが、どこまで相手を自分の事情に介入させるのか、またどこまで相手の懐に入るのか、その間合いを図らないといけません。対人関係をうまくこなすには、相手に対して心身ともに距離感を間違えないということがコツです。

また、好きな人ができない理由として「会う人みんなが友達になってしまう」という場合も、同様に相手との距離の測り方にミスがあるのかもしれません。「相手を人として見る」という点では100点ですが、恋愛となると難しいものです。そればかりではいけませんが、出会う相手を恋愛対象として考えてみる瞬間があってもいいでしょう。

自分にとって無理のない、心地よいと思える人との距離感について、自分の心と相談しながら考えてみましょう。

人を愛することは恋愛だけに限らない

人生設計は、誰もが恋愛、結婚を含むわけではありません。結婚をしないで生涯を終える人も、子供を作らないと決めている夫婦もいます。愛の形はその人の数だけあるのです。

それに、結婚したカップルでも、「恋心」というものがずっと続くわけでもないのです。筆者のとある知り合いは夫と結婚して7年経って「夫はもはや息子だと思っている」と言います。 長く人と付き合うと、恋愛感情から家族としての愛情に変わっていくことも珍しいことではありません。

「恋愛」の形も人それぞれで、異性に向く感情や欲望だけではなく、同性に恋をしたり、誰にも恋をしないこともあります。しかし、だからといって人を愛せないという答えにはつながりません。むしろ、人生のうちで長く付き合うのは、恋愛の相手以外の家族や友達なのだと思います。

むしろ「恋愛」とは「性欲」と分かち難いもので、体の関係が付きまとうもの。動物的な欲求ともいえます。人として、誰かを愛するためには、実は性愛は不要ともいえるでしょう。

恋愛対象として好きな人がいないことを焦るよりも、今自分の周りにいてくれる家族や友達のことを大切にできれば、十分幸せといえるのではないでしょうか。

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中条

Lovatomyの記事を読んでいただき嬉しく思います。執筆を担当しております中条です。外見を盛りに盛って中の上くらいのレベルと覚えてください。悲惨な恋愛から幸せな恋愛までおもしろおかしく経験してきました。愛はギブアンドテイク。女よ強くあれ。よろしくお願いいたします。